ステートメント : NDTのステートメント 日本橋三越 展示に向けて

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Statement

抹茶が日本に伝来した頃の茶掛の書といえば、もっぱら中国から伝来した掛け軸だった。

その後、茶禅一味の思想が広まると禅語が主流となり、さらに和歌や花鳥画、手紙までが飾られるようになる。明治期になると仏画が床を飾るようになった。

こうして見て来ると、茶の湯の掛け軸は、いずれもその時代時代における美、しかもただの美ではなく社会思想を写した美であることがわかる。必ずしも古いものばかりを有難がっていたわけではない。古人にしても、どちらかと言うと、積極的に新しい趣向を取り入れていたのだ。

現代における社会思想を写した美とは何であろうか。現代美術がそうだということになるのかもしれないが、現代美術はアートという構造の中で存在の意義があるもので、茶の湯の構造の中に組み入れると、アートと茶の湯、双方の圧力がかかり、結局アートとしては成り立たなくなってしまうことが多い。

その点、グラフィティは違和感なく、茶の湯に組み入れることができる。グラフィティは元々が社会的なメッセージを内包しており、それを読み解くことに面白さがあるが、ストリートから始まった文化のため、現代美術ほどの強固な閉鎖性がない。グラフィティは専門性がなくても表現を行うという覚悟であり、それは侘数寄の思想に近い。茶の湯が「一服一銭」のようにストリート文化として広がった時代があることを考えれば、親和性が高いことも頷ける。

特に日本のグラフィティは欧米のアート文脈とは違い、日本独自の装飾絵画の文脈の影響を受けているように見える。桃山から江戸時代、それまで貴族や武家など、特権階級が有するものだった装飾芸術を、商人を中心とした一般市民のものとして広げたのは琳派であった。そして琳派の美は一般市民の茶の湯の美の基準にもなっていった。日本には、琳派の持つ装飾性やパターンの繰り返しといった特徴を持つライターが多いように見受けられる。言って見れば、日本のグラフィティライターは琳派の後継者と言えるのではなかろうか。

今、社会思想を写した美として面白いのはグラフィティである。ストリートは床の間であり、グラフィティは軸である。そして街は茶室である。

茶の湯者は街へ出よ。ストリートを目指せ。今抹茶を点て、一服するのならば、ストリートで野点をするのが一番面白い。茶の湯とはその時代時代の空気を取り込むものであり、時代そのものなのだから。

2017.08.03 一品更屋

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